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やり切るということ

人生の中で「何かやり切ったー」という経験があると、
それは宝物になるのだろうなーと思う。

どこまで行けば「やり切る」なのだろうかというのを考察してみたのだけれど、
それには「自己肯定感」というのがとても大きな影響を占めていると思う。

自己肯定感が低い人は、いつまでも自分はまだ全然できてないって思い込んでしまうからいつまで経っても「やり切った」ってならない。


「やり切る」というのは「期間」の話ではない。
「やり切る」と「続ける」も別な話。

期間が短くても、続けていなくても、「やり切った」と身体全体で感じていれば、「やり切った」になる。

42.195km 走らなくても、50m走ったってことでも同じ。

今、自己肯定感が低い人でも、
(これも何を持って高い低いなのかって話だけど、自己信頼しているってことだと思う)
いずれ自己受容し、自己信頼が再び宿ったら、

「あ、あれはやり切ってたんだな」って言える日がくるかもしれない。

 


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