願い
祈り

やまもとみつひろの願い・祈り

やまもとみつひろの願い・祈り

私の願いは最終的には「ひかりゆとりゆたか」という屋号に集約されます。

 

「ひかり」

人は本来「ひかり」の存在であり、「ひかり」に満ちていて、それぞれの「ひかり」を放つ存在である。

一人ひとりそれぞれの光が、輝きが本来はあると思っています。
ですが、兄弟や友達や同僚や世間と比較され、教育システムが効率化のために同一化され、
長所を伸ばすより、短所を補う、「ない」を埋めて、誰かから「欠陥・不足」と言われるものを埋めて、
与えられた役割に順応して、相手に合わせて・・・というようなことを繰り返して、輝きが色褪せ、
自分がどんな光を放つ存在なのかというのをどんどんと忘れていってしまっているように思います。

そして近年はさらに「これが自分だ!」とどこかで勘違いをして
違和感の光を放っている人も増えてきました。
どこか無理をしている人、自分を大きく見せて誇張している人、人の不安に付け込む人 etc。
自分ではうまくいっていると思い込んでいるし、思いたいと思うので、
なかなかその違和感に気づきにくいものです。

太陽に例えるとわかりやすいです。太陽はただ自分の光を放っているだけです。
誰かに合わせたり、小さく見せたり、大きく見せたりしません。

「あなたはあなたという自然な太陽の状態で在れていますか?」
という問いから始まる、思い出すストーリーだと思うのです。

私の願いは「一人ひとりが自分の自然な太陽の状態でただただ輝きを放つ(放とう放とうと頑張るのではなく)、
そんな世界が一人ひとりの世界に顕れること」です。

私の祈りは「今世生まれてきた一人ひとりが自分の光を思い出し、
本来の、そのままの愛の光を存分に放ち、世界が彩りで溢れますように」です。

 

「ゆとり」

人は本来「ゆとり」のある存在であり、ゆったりとした空間としての存在である。

「ひかり」を思い出すプロセスでも「ゆとり」がある状態がとても大切なのですが、
人生全般に置いても同様です。
人生というのは究極のところ「器の広さ」と「懐の深さ」だと思っています。
器が広くて懐が深いというのはつまり許容範囲・受容範囲が広くて
空間(スペース)が十分に存分にあるということです。

我々本来の存在は全てが空間だったのだろうと思います。
ですが、我々は個体という制限された人間として生活をしています。
人生の前半期はその制限をとても感じる人生を送る人が多いのだろうと思います。
その本来ではない体験をすることで本来の姿というのがあるということに気がつくのだと思います。
個体として生きてはいますが、本当は全ては繋がっている、全ては1つである。
その感覚を思い出していくと、元々スペースは十分に存在していたのだと気づくようになります。

スペースが広くなっていくプロセスとして、
「普段の自分がやらないことをやってみる」という挑戦というアプローチと、
「ある」ことは「ある」ように「ある」、ただ「ある」という全受容のアプローチ、
別の言い方をすると「LOVE & POWER」のスタンスが大切です。

また、まずは「緩む」というのがとても大切なのだろうと思っています。
固くなっていたり、力みがあったりすると、反発のエネルギーが強まったり、
流れるものが流れていかないように感じます。
土壌も同じです。硬いと野菜を植えても育ちません。
畑の土をふかふかにする(つまり緩ませてスペースを作る)ことが大切です。
先ほど「LOVE & POWER」と書きましたが「POWER & LOVE」ではありません。
まず「LOVE」という受容が大切です。土壌が肥えていると果物・植物が勝手に伸びていくんです。

人生に緩みが生まれ、ゆとりが生まれると、
インスピーレーションが降りてきたり、シンクロニシティが起こったり、
大いなるものの流れに身を委ねられるようになったりと世界とのつながりを感じ、
一体感が増してくる感じになります。
それが自然の姿なのだろうと思います。

私の願いは「一人ひとりが自分の内側にゆとりがあり、日常にスペースがあり、
その状態で全てと繋がり、世界と繋がり、一人ひとりが自然のまま生きる、
生命に使われて生きる世界であること」です。

私の祈りは「一人ひとりがゆとりと安らぎの中で生き、
その安心感・受容感をベースに自然とあなたという花が
思う存分咲き誇っている世界でありますように」です。

 

「ゆたか」

人は本来「ゆたか」な存在であり、愛、可能性に満ち溢れた存在である。

人生を豊かに生きるためのファーストステップは
既に豊かであるということを受け取ることではないでしょうか。
私たちの周りには豊かさがたくさんあります。
今、こうやって私のHPが見れているということは、スマホがあり、パソコンがあり、
インターネット環境があるということです。
住む家もある、食べ物もある、平和である、自然もある、電車もある、etc 色々あります。
さらに、「自分が何がしたいかわからない」と考えられることもゆたかですよね。
アルバイトしていけば生活はできますし、社会保障もそれなりに充実している。
今書いたのは私たちの外側の話です。

私たちの内側も豊かです。
色んな感情を感じることができますし、色んな思い込み・解釈も持っています。

いわゆるネガティブと言われる感情も思い込みも、
本来はいい悪いの二元論で語られるものではなく、「ただある」だけであり、
それがある、たくさんある、溢れるほどある、というのは豊かな話です。
まずこれだけの豊かさがあるということに気付けるかどうかです。

そして、そのくらい一人ひとりの中には、想いがあり、願いがあり、
大切にしているものがあり、愛があり、可能性があるということです。

特に日本人は日々忙しなく日々を暮らしていて、
電車に例えると毎日新幹線に乗っているかのような人もたくさんいます。
新幹線に乗っていると一つひとつの景色はすぐに通り過ぎてしまうばかりです。
スピードを緩め、それこそ日々に「ゆとり」を持って、新幹線を降りて、歩いてみる。
すると新幹線に乗っていては見えない景色が見えてきます。
これだけ豊かなものがあったんだと気づきます。

私たちの内側と外側はメッセージであふれています。豊かさでいっぱいです。
その豊かさを存分に味わうことで、さらに豊かさは巡ってきます。

私の願いは「一人ひとりの世界には既に豊かさがたくさんあることに気付き、
自分は豊かな存在だと気付き、その豊かさの中で、想いや願いを溢れるままに放たれる世界であること」です。

私の祈りは「あなたの内側で溢れてくるもの、一つひとつを存分に味わい、
その味わい切った先に本当の願いや想い、大切にしているもの、愛、可能性が溢れてくる、
その豊かな体験をひとりでも多くの方が体験できますように」です。